◆2016年 9月1日・15日合併号 <No.1184>  
特集 まちかどレポート カルタックス情報 生活アンテナ 市民のひろば その他記事     
   特集 炭鉱電車が引っ越しました  

 

みんなに見てもらいたい!思いを載せて

 三池炭鉱閉山後、市内の工場敷地で静かに時を過ごしてきた三池炭鉱専用鉄道の電気機関車(通称「炭鉱電車」)4両。19年の年月を経て、8月22日早朝、大型トレーラーに載り、三川坑跡へ引っ越しました。当日の様子に加え、炭鉱電車の歴史や輸送に至った経緯などについて紹介します。

引っ越しの画像
クリックすると拡大表示されます


三池炭鉱専用鉄道の成り立ちと終わり

 三池炭鉱専用鉄道は、明治24年、初めに横須浜〜七浦間が開通し、イギリス、アメリカから輸入された蒸気機関車が使用されました。その後、路線はさらに延長され、明治38年、三池港まで開通し、本線が完成しました。
 明治42年には電化工事が始まり、明治44年、ドイツ製電気機関車を導入、昭和12年には全線の電化が完了しました。国鉄(当時)の熊本までの電化が完成したのは昭和40年のことですから、それより約30年も早かったのです。
 三池炭鉱専用鉄道の線路は、大牟田・荒尾市内に点在する炭鉱の坑口、社宅、工場、港などを結び、石炭の輸送はもとより、工場の原材料・製品、さらには従業員の輸送などにも大活躍。市民からは「炭鉱電車」と呼ばれて親しまれました。
 しかし、平成9年3月、三池炭鉱が閉山。石炭の輸送を主な使命としていた三池炭鉱専用鉄道はその役割を終え、一部は三井化学専用鉄道として再出発したものの、当時稼働していた多くの炭鉱電車はお役御免となりました。

引っ越しまでの道のり

 市が保有している4両の電気機関車は、市から「閉山後のまちづくりに活用したい」と申し入れて譲り受けたものです。しかし、当時は具体的な活用方策が定まっていなかったことなどから、当面の間市内にある工場の敷地に仮置きされることになりました。そのため、年に1回特別に公開される時にしか、姿を見ることができませんでした。
 このような中、市では平成24年度に「大牟田市近代化産業遺産を活用したまちづくりプラン」、25年度に「三川坑跡及び周辺施設の保存・活用に係る基本構想」を策定。炭鉱電車を現在の保管場所から三川坑跡へ移設し、まちづくりに活用することにしました。さらに、27年7月には、三池炭鉱関連資産が「明治日本の産業革命遺産」として、世界文化遺産に登録され、三池炭鉱専用鉄道敷跡もその構成資産となりました。
 これらを契機に、三池炭鉱専用鉄道の歴史を物語る貴重な遺産として、この炭鉱電車4両を、より多くの人に見てもらおうという機運が高まり、一般公開に向けた具体的な取り組みがスタートしました。
 移設や展示に要する経費の財源確保のため、27年9月からガバメント・クラウド・ファンディングという手法を用いた、インターネット上での寄付募集に取り組み、今年6月、多くの皆さんの寄付や応援で、目標としていた3000万円に到達しました。ご支援をいただいた全国の個人、企業、団体の皆さんに深く感謝いたします。
 そして、ついに8月22日早朝、4両の炭鉱電車たちは新たな展示場所、三川坑跡へ出発の日を迎えたのです。

引っ越し〜いよいよその日はやって来た

 その前日、8月21日朝から、輸送の準備が始まりました。炭鉱電車は、超大型クレーンによって1両ずつ慎重に吊り上げられ、大型のトレーラーに載せられます。作業は手際よく終了し、後は出発を待つばかりとなりました。
 そして、8月22日午前3時、4両の炭鉱電車たちは19年間住み慣れた場所を離れ、三川坑跡へ出発。早朝の街を炭鉱電車たちが、大型トレーラーに載って走ります。恐らく二度と見られないであろう、「炭鉱電車」の陸送風景。その姿を一目見ようと、早朝にもかかわらず、市民だけでなく東京など遠方からやってきた人達も含め、多くの人が沿道や、三川坑跡で、輸送の様子を見守りました。さらには、遠方に住む人もインターネットでの臨場感ある実況中継に見入りました。
 午前3時40分を回った頃、15トン級B形5号を載せた最後のトレーラーが三川坑へ到着。大勢の人に出迎えられ、輸送は無事に終了しました。
 日が昇った8月22日朝から、4両の炭鉱電車はそれぞれの展示場所へと降ろされ、移設作業も完了。今後屋根などの整備を行い、10月中旬には一般公開できる見通しです。


保存機関車4両のプロフィール
 三川坑跡に新たに設けられた展示場所へ、無事に設置された4両の炭鉱電車。形も経歴も異なる4両を紹介します。

4両の炭鉱電車の画像

写真左から
15トン級B形5号
 明治41年のアメリカ製で、主に三池港駅構内の入れ換えに使われました。L型の独特な形から「ガメ電」と呼ばれ、国内に現存する最古級の電気機関車として貴重な存在です。
20トン級B形1号
 明治44年のドイツ製で、本線の貨物列車や通勤列車の先頭に立って活躍。鉄道記念物として保存されているドイツ製EC40形電気機関車に匹敵し、国内でも最古の部類に属します。
20トン級B形5号
 ドイツ製1号機関車などをモデルに大正4年三菱造船・日本車輌で製造された、国産では最も初期の電気機関車。同型の9、11、12号機は現在も三井化学専用鉄道で活躍しています。
45トン級B-B形17号
 昭和11年に東芝で製造された17号は、重量のある貨物列車をけん引して閉山まで活躍しました。同型の18号機と19号機は、現在も三井化学専用鉄道で走っています。

在りし日の炭鉱電車
運行最終日を迎えた通勤列車の画像
運行最終日を迎えた通勤列車(昭和59年10月 三池港駅)。
左は今回展示される1号電気機関車。

■問合せ 総合政策課(電話41-2501)

中尾市長より
 これまで移設のために、多くの方々にご協力いただいたことを、心から感謝いたします。
 この炭鉱電車を具体的に活用するのはこれからです。市民の皆さまと共に手を携えながら、まちを愛し、郷土に誇りを持てるように生かしていきたいと思います。

 TOPページへ
 ご意見募集
ご覧頂いた記事や広報紙面について、ご意見やご感想を寄せて下さい。 

内容についての問合せは各担当課まで。このホームページ全般に関する問合せは、大牟田市秘書広報課広報担当へどうぞ。
メールアドレスhisho-kouhou01@city.omuta.lg.jp 電話:0944-41-2505(直通)                大牟田市HP TOPページへ