伝統芸能
潟いね踊り(大牟田市黒崎地区(手鎌小学校区)に伝わる伝統芸能)
潟いね踊りは、黒崎地区に伝わる伝統芸能です。江戸時代から明治時代にかけて行われた干拓工事の厳しい労働を克服するために歌われた唄と、その干拓の作業の動作を表現した踊りで、地域の女性たちによって継承されてきました。
歌詞は、方言で表現されており、唄に合わせて「はやし」が入るのが特徴です。踊りは、潟を背負ってかごで運ぶ「潟いね」と呼ばれる作業の動作をする「イネカタさん」、鍬で潟を切り、潟をかごに入れる所作をする「ガタ切りさん」からなり、ガタ切りさんを中心に円になって踊ります。
現在は、「黒崎潟いね保存会」のみなさまにより保存、子どもたちに継承されています。
竹製のかごを使ったしなやかな女性の踊りと、板鍬を使った力強い男性の踊りがあります。唄に合わせて干拓の作業がユーモアたっぷりに演じられ、単調なリズムの中にもたくましい生命力と大自然への哀愁が秘められています。
《 文化庁ホームページ》
黒崎潟いね踊り
《手鎌小学校Mボード》
潟いね踊りの披露
潟いね踊りと串だごづくり
銭太鼓踊り(ぜんでこおどり)と瓢箪廻し(ひゅうたんまわし) (大牟田市上内地区にある岡天満宮(上内小学校区)に伝わる伝統芸能)
9 月 25 日午後 7 時 30 分より岡天満宮にて行われるこの祭りは、大牟田市の無形民俗文化財に指定されています。起源は不明ですが、江戸時代(1603 年~1867 年)に始まったと考えられています。銭太鼓踊りは、花飾りのついた笠と着物姿の若い女性や少女たちによって演じられます。彼女らは右手に6つの銭や鈴を入れた竹筒を右手で回し、数歩歩くごとに立ち止まっては竹筒で体を打ちます。この踊りは稲作の様子を表していると考えられており、豊作を祈願するものです。続いて行われる「ひゅうたん廻し」では、墨を塗った顔の少年や男性たちが、昔ながらの作業着と草履を身にまとい、腰をかがめて踊ります。右手に持った紙団扇で、左手に持ったひょうたんをはたきながらひょうきんな動きをします。
この踊りは、酒を入れたひょうたんを抱えてよろよろと神社に参拝する男の話にヒントを得たものと言われ、雨乞いの神に捧げられたと考えられています。(国土交通省の資料より)
《大牟田市公式観光サイト》
銭太鼓踊りとひゅうたん廻し
《上内小学校Mボード》
6年生の地域学習(3枚目の写真が岡天満宮)
ふれあい運動会で全校表現
米はかり踊り (大牟田市玉川小学校区に伝わる伝統芸能)
玉川地区は元禄時代、天領となっており、農民は幕府の太政官に上納米を納めていました。その様子をユーモラスな仕草で踊り始めたことが始まりといわれ、祝い事、村祭り、農作業の合間などの楽しみとして手軽に踊られていました。
太政官役、農民役(一助から十助まで10名)、チャリ役(道化役)で構成されます。太政官が見守る中、農民役が順番に一升枡と斗掻き(とかき)を用いて米をはかる動作をしながら踊り、途中、チャリ役が滑稽な仕草をしては、まわりをかき回します。最後の太政官役から農民役への口上も見どころです。
《玉川小学校Mボード》
米はかり踊りを引き継ごう
伝統を引き継ぐ
玉川どんど祭
勝立大蛇山大成功