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「三池炭鉱の炭鉱電車4両」国の重要文化財の指定について(特別記事(1))

最終更新日:

三池炭鉱の炭鉱電車4両が国の重要文化財に!!(特別記事(1))

大牟田市の西港町に所在する「三川坑跡」の敷地内で保存・展示されている炭鉱電車四両について、文化庁の文化審議会の審議・議決を経て重要文化財への指定を文部科学大臣に答申し、今年秋に「国の重要文化財」になる予定です!!

 大牟田市役所世界遺産・文化財室では、それを記念して、炭鉱電車についての記事を数回にわたって掲載いたします。

 そんな初回は、市内の三池カルタ・歴史資料館に博物館実習に来られていた実習生の方から書いていただいた紹介記事を掲載!!

三池炭鉱三川坑跡の炭鉱電車4両について 

 所在地:大牟田市西港町2‐30【三井三池炭鉱三川坑跡】

  構造:電気式機関車


  • 炭鉱電車4両



【炭鉱電車とは】

 炭鉱電車とは、採掘した石炭を運搬するために使用された電気機関車のことを指します。三池炭鉱では、1878(明治11)年に馬車鉄道が開通したことが三池炭鉱専用鉄道のはじまりでした。しかし、馬の引く力だけでは石炭生産の向上に伴う輸送力の乏しさが問題化したことから、蒸気鉄道に改築されました。その後、三池港が完成したことや炭鉱開発の進展により専用鉄道の需要がさらに高まっていきます。そのため、1909(明治42)年にはより効率の良い電気機関車が採用され電化を開始し、29年後の1937(昭和12)年には全線の電化が完了しました。

第二次世界大戦後の専用鉄道は、1946(昭和21)年から従業員輸送を開始し、1960年代には全盛であったと言われています。1964(昭和39)年には地方鉄道の免許を得て、「三池鉄道」として正式に旅客・貨物の運輸営業を行っていました。

日本の近代化を支えた炭鉱電車は、明治時代には海外製の輸入品でしたが、大正以降は完全に日本製になりました。ここでは、三池炭鉱専用鉄道で使われていた電気機関車4両を紹介していきます。


(1)1908(明治41)年 アメリカ製「15トン級B形5号電気機関車」

 最大寸法(長さ×幅×高さ)4923×2223×4050mm

 動輪直径:760mm 固定軸距:1422mm

 1908(明治41)年にアメリカのゼネラル・エレクトリック社で製造された、国内に現存する最古級の電気機関車として貴重な存在です。

 L型の車体を持ち、その形から「ガメ(ガメは大牟田地方の方言で亀のこと)」と呼ばれていました。出入口がないため、運転室へは窓から出入りしていたそうです。

15トン級B形5号電気機関車



(2)1911(明治44)年 ドイツ製「20トン級B形1号電気機関車」

 最大寸法(長さ×幅×高さ)6810×2740×4100mm

 動輪直径:970mm 固定軸距:3000mm

 1911(明治44)年にドイツのジーメンス社で製造された凸型の車体を持つ電気機関車で、一般運行用としては最古級の輸入電気機関車です。

  • 20トン級B形1号電気機関車



(3)1915(大正4)年 日本製「20トン級B形5号電気機関車」

 最大寸法(長さ×幅×高さ)6810×2740×4100mm

 動輪直径:970mm 固定軸距:3000mm 

 ドイツのジーメンス社製凸型機関車をモデルに1915(大正4)年に三菱合資会社三菱造船所で製造されました。国産では最古級の電気機関車として貴重な存在です。

  • 20トン級B形5号電気機関車



(4)1936(昭和11)年 日本製「45トン級B-B形17号電気機関車」

 最大寸法(長さ×幅×高さ)12050×2445×4200mm

 動輪直径:1100mm 固定軸距:2600mm

 1936(昭和11)年に株式会社芝浦製作所(現:東芝)で製造された凸型の車体を持つ電気機関車です。

石炭の産出量増大に伴い、大型の電気機関車が必要となり導入されました。

  • 45トン級B-B形17号電気機関車



【ココに注目!!】

 三川坑跡に保管される炭鉱電車4両の最大の特徴としては、「外国の電車を輸入し、整備できるようになり、やがて国産化を果たした、という明治時代以降の技術革新の歴史」を一連の流れとして、まとめてみることができる点にあります。

最初のアメリカ製は、「ガメ(亀のこと)」と呼ばれる形で、窓から出入りしなければいけないほど小型で、三池港の構内だけで使われた電車でした。次のドイツのジーメンス製になると、炭函という石炭を積み込むための車両をつなげて各坑口から港までの運搬を担い、より多くの石炭を運べるようになります。そのジーメンス社から輸入された20トン凸型電気機関車をモデルとして、三菱合資会社三菱造船所が同型機を国産し、この製造を通して自社の技術力を高めていきました。やがて石炭の産出量が増加すると、それに対応する45トン級の大型電気機関車が芝浦製作所によって作られたのです。このように見ていくと、石炭採掘量の増加に伴い、炭鉱電車もサイズが大きくなっていることが分かります。「石炭を多く掘れるようになったため、炭鉱電車も大きく馬力の出るものにしたい。」、そんな三池炭鉱の地域的なニーズにこたえるには、海外製に頼るよりも国産にした方が柔軟に対応できたのかもしれません。

三池炭鉱専用鉄道のもう1つの特徴は、早くから電気機関車を導入して使用していた点にあります。電気機関車のメリットは、それ以前の蒸気機関車よりも高出力であり、走行するために出せる力が大きいことによって、より多くの石炭を遠方まで運搬することができる、という点であるといえます。身近に豊富な石炭を有効活用して、三池炭鉱は炭鉱を24時間稼働させるために早々に電化を達成した珍しい炭鉱となりました。今に姿を残す電気機関車は、三池炭鉱のそんな革新性を示す重要な資料なのです。

 

【参考文献】

・青木栄一・堤一郎・大島登志彦2019「(1)三池炭鉱専用鉄道電気機関車」『新大牟田市史-テーマ特講編-』大牟田市史編纂委員会

 

文章:福岡大学 八尋 、 久留米大学 橋本


 

【アクセス】※公開日などについての詳細は、「三川坑跡の公開について(内部リンク:三川坑跡の公開について / 大牟田市)」をご覧ください。

バスでお越しの場合

 

バス経路


バス停そば交差点から正門方向を望む

バス停そばの交差点(三池港入口)から三川坑跡正門方向を望む 。矢印は正門(入口)の位置を示す。

 

自動車でお越しの場合

 

自動車経路

 

地図

赤のポイントで示しているところが三川坑跡になります。

 

 

 




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